[着いたよキュアリン。奴はまだ工場の中?] 廃工場に着き、近くの建物の塀の裏側に隠れ中の様子を窺う。何かが動く様子はなく、誰かが入って行く様子もない。 [動いていない。呑気にベルトコンベアの上で寝転がっているらしい。周りに人も居ないし避難させる手筈ももう整ってる。いつでもいいぞ] (油断してる……それに室内で逃げ場も限られてる。絶好のチャンスだね……) 私達四人は互いに顔を見合う。黙ったままでも互いの意思は伝わる。静かに俯きブローチを胸に付ける。 「行くよ!!」 私の掛け声と共にみんな変身しながら廃工場の窓ガラスを突き破り中に突入する。 「なっ!? キュアヒーロー!?」 奴も手練れ。窓ガラスが割れた音に反射的に身体を反応させて起き上がり機械の上に跳び乗る。 「さぁて。いつぞやの腕の借りを返してもらおうか……!!」 アナテマが片手に斧、もう片方には闇の力の塊を持ち、警戒しながらも奴を一点に見つめジリジリと距離を詰めていく。 私達とノーブルは互いにアイコンタクトを取り、左右に分かれて奴が逃げられないよう退路を断つ。 [変身させないようわたし達が圧をかけておくから、アナテマは隙を見ていけるかい?] [おう! 任せとけ!] 不意打ちを成功させたため奴はまだキュアヒーローにもイクテュス態にもなれていない。もちろんそれをさせる隙は与えず、一手ずつ着実に追い詰めていく。 「ぐっ……っ!!」 追い詰められた奴はついに動き出す。私達とアナテマの方にナイフを投げその隙にノーブルに殴りかかりに行く。 変身していなくても奴の素早さは人智を超えていて、一気に彼女の防御を崩して逃げ去る気だ。しかしノーブルは奴の攻撃を見切って両手を掴み上げる。 「残念だけど、負けっぱなしってのも性に合わなくてね……!!」 「生意気な……はっ!!」 奴が掴まれ怯んだ数秒の間。間合いを詰めるのには十分だ。アナテマとタイミングを合わせ、互いに拳を振り抜く。 「硬っ!!」 まるで鋼鉄を殴ったかのような感触。奴は咄嗟に頭を下げ舌を伸ばしポケットからブローチを掬い上げてそれを殴らせた。アナテマの拳は硬い額でガードして両手を塞がれながらも同時攻撃になんとか対処する。 「離せっ!!」 攻撃を受けるのと同時に奴はノーブルの顔面に蹴りを放つ。彼女は咄嗟に片
「イクテュスを……生かす? 何を言ってるんだ生人?」 キュアリンが首傾げ聞き返すが、恐らくこの場に居る、生人君以外のみんなが彼の言葉に疑問を抱いている。 「言葉のままだよ。無理にとは言わない。でも次に戦う時余裕があれば……殺すんじゃなくて無力化に抑えてあげてほしい」 生人君は悲しみ、哀れみの視線を私達に向けてくる。 「生人君何を言ってるの……? あいつらはこの街の人達を何人も……それに波風ちゃんを殺したんだよ!?」 「そうだね……でも、ボク達も、君達も……殺した」 「それは向こうが街を襲うから……」 「正直に言うよ。今前線に出てきているイクテュスは、キュアヒーローの力なしでも倒せる。そりゃ犠牲は出るだろうけどね」 拳銃などではとてもじゃないが倒せるとは思えないが、確かに自衛隊の兵器や爆弾などを持ってこれば最終的には人間側が勝てるだろう。 数がいれば一気に攻めてこればいいのに、そうしないのは数がそこまで多くないということだろうし、長期戦になったら有利なのは間違いなく人間側だ。 「じゃあアタイ達はそもそもいらなかったって?」 「そうは言ってない。ただ……ボク達には戦って殺す以外の道もあるはずだよ。ヒーローの力は、話し合うための力なんだから」 「生人……お前の故郷か、はたまた別の惑星の思想かは知らないが、あんな危険な生物を生かしておく道理はない。奴らはキュア星人にとっても脅威になりうる。もしそういう庇う行動をするなら上はお前を作戦から外すかもしれないぞ」 キュアリンは語尾を強くして言うが敵意や怒りなどは感じられない。彼も中間管理職に似た役職で部下にあたる生人君の立場を気にしているのだろう。 「悪いですけどわたしも生人さんのその考えには反対です。この街を守る以上奴らは生かしておけません。もし逃したイクテュスが街の人を食い殺したりでもしたらどうするつもりなんですか?」 「逃がさないように尽くすのがベストだけど、もし和解できないほどの奴なら……仕方ない。けど、話し合わずに殺し合うのは違う」 「でもアタシは話し合う前に殺された……庇わなかったら高嶺が……」 生人君は波風ちゃんから目を逸らさない。イクテュスの件の一番の被害者である、無惨にも殺された彼女。 「それでも話し合おうって言うんですか?」 「そうだよ……ボクは……みんな
「とりあえずだがオレ達が狙うのはアナテマとノーブルの二人だ。他の奴らは触れられるか怪しかったり、強かったり、そもそも人間じゃない奴で倒すのは難しい」 「まずは周りの奴から削ろーってこと?」 「そうだ。頭数が減ればその分主力の合体野郎と化物を倒せる機会が増える。まぁ化物の方は殺せるかどうか分からないから適当に拘束して海底にでも沈めておくのがベストかもな」 あたしは数ヶ月前の、森で三人で奇襲した時のことを思い出す。切り刻んでもすり潰しても奴は蠢き元通りになっていった。切り落とした腕が跳ねて顔面を殴られた時は流石のあたしでもビビって腰が抜けた。 「それと同時進行でイクテュスを増やす実験も続けていく。こっちは適当に遠巻きで経過観察して、撃退に来たキュアヒーローは基本無視で良い。あいつらはタイミングをしっかり作ってから殺る」 実験に関してはあたしはノータッチのため特に何もできない。下手に関わっても邪魔してしまうだけだろう。 「で、今日の実験報告を聞いてたんだが……お前実験体を殺した挙句勝手にキュアヒーロー達と交戦したらしいな」 「そっ、それは……」 さっきの動物園のこと。あたしの体が勝手に動き、おばさんを庇い実験体を一人殺害してしまった。 「そうだその話よ! しかも報告によれば人間を庇ったらしいじゃない? 一体何があったのよ?」 「分からない……分かんないよ」 「人間は敵なんだ。忘れたのかい? 前に通りがかった人間が迷子になってたイクテュスを殺したのを……」 「それはそうだけど……」 その事件は今でも覚えている。殺された子供はあたしとも交流があった。特にライ姉はあたしと同じくらいその子を可愛がっていたし、王に止められなければあの後すぐに人間を襲いに行っただろう。 「人間ってのはどいつもこいつもみんな碌でもないんだよ。自分のことしか考えていない、吐き気がするような奴ばか……」 「いや、それは違うんじゃないか?」 いきなりゼリルが口を開きライ姉に突っかかりにいく。いつもは面倒臭がって口答えしないのに。 「あ? 何が言いたいの?」 「いや……ただ、人間でも全員が全員私利私欲に塗れたカスばかりじゃないって……」 「アンタ人間のことはイクテュスの敵って前々から言ってなかったかい?」 「それは……もうこの話はいい。とにかくメサは計画
「はぁ……はぁ……ここまで逃げれば……」 一旦おばさんの家まで逃げてきて、傷口を押さえてその場にうずくまる。 「ちょっとその傷……今手当てするから!!」 おばさんは慌ただしくバタバタとリビングに救急箱を取りに行く。 (別にこれくらいほっとけば治るのに) イクテュスの再生力など知らない彼女は顔を真っ青にして手当てを施す。やられて嫌ではなかったし、あたしはそれを快く受けつつ傷を癒す。 数分もすれば細かい傷含めて全て治り、戦闘前の状態に元通りになる。 「ふぅ……とりあえず傷は塞がったわね。良かった……!!」 おばさんはあたしを抱き寄せ背中を撫でてくれる。やっぱりこの感触は、温かさは不快ではない。ライ姉から与えられるものとはまた違う、言葉にできない心地良さがある。 「いやまだ危ないわ。とりあえず安静にしましょ?」 「え、でもあたしの怪我はもう……」 「いやだめよ! 万が一でもあったらいけないわ!」 「は……はぁい」 おばさんの圧に押されてあたしは部屋に入らされベッドに横になる。 (ま……偶にはこうしてゆっくりするのも良いのかな……) 流れるままに身を任せ、あたしは目を閉じ眠りにつこうとする。 「おい」 ベッドの足が何者かに蹴られ乱暴に起こされる。 「むぅ……ゼリル?」 不機嫌さを喉の奥に押し込みながら目を開ければそこにはゼリルとライ姉が居た。位置的にゼリルが蹴ったのだろう。 「おいゼリル。もうちょっと丁寧に起こしてやれなかったのかい?」 「ちっ……別にいいだろ」 二人は相変わらずといった様子で、逆に見ていて安心する。 「あっ、ここに居たおばさんは?」 「ここに住んでる女のことかい? 騒ぎにはしたくないし気づかれずに侵入しておいたけど……殺しといた方が都合が良かったかい?」 「い、いやその……殺さなくてもいいんじゃないかなって……」 「ん? アンタがそう言うなんて珍しいね。まぁそれならやめとくけど……」 (良かった……ん? 良かった……?) おばさんが殺されずに済むと分かり、私の中に真っ先に安堵の気持ちが溢れる。 「香澄……? 何か物音が聞こえたけどどうかしたの……?」 おばさんの階段を登る音が聞こえてくる。きっとベッドを蹴ったり喋ったりしたので気づかれたのだろう。 「はぁ……まぁいいか
「げほっ、げぼっ……おば……さん?」 奴は咳混じりにその女性に弱々しい声をかける。異形の化物の癖に、過去にアナテマの腕を切り落としている奴の癖にまるで被害者かの様に振る舞う。 「ちょっ、そこを退いて!! そいつは人を殺す……化物なの!!」 庇う理由は分からないが、一般人が間に立ち塞がる以上下手に攻撃ができない。 「まさか……テメェも人間に化けたイクテュスか? ウォーター気をつけろ!!」 アナテマの一言で私達はまさかの可能性に勘づく。 [気をつけてよ高嶺。また騙されて不意打ちされるかもしれないわよ] [あっ……そ、そうだね。気をつけないと!!] また前の様に油断した隙を突かれてブスりと刺される可能性だってある。同じ失敗をするわけにはいかない。 私は油断を捨て銃口をおばさんの方に向ける。 「や、やめっ……ゲホッ!!」 女性の後ろに隠れる奴は何か叫ぼうとするが、先程胸を殴られた影響か呼吸器官に異常が生じており上手く発音できていない。 「やめろっ!!」 だが私達が女性に近づくとうずくまっていた奴が声を張り上げこちらに二本のナイフを投げる。幸い距離はあったので私達三人は容易に躱わせたが奴はもう次の動作に移っていた。 「はぁっ!!」 地面を強く殴りつけて土煙を舞わせる。弱っているとはいえ奴の筋力から放たれたそれは私達の視界を覆い尽くす。 「みんな伏せろ!! ブラックホール!!」 アナテマが上空へ闇の塊を投げる。軽い土埃はそれに吸い込まれていき数秒もすれば視界は完全に晴れる。しかしそこにはもう奴と女性は居なかった。 「逃げられた……」 氷で高台を作り辺りを見渡してみるがどこにもあの二人の姿はない。完全に見失ってしまった。 「良いところだったのに……あの婦人に止められなければ……とにかく悔やんでいてもしょうがない。この場は警察に任せてわたし達は退こう」 この形態は体力の消耗が激しいのであまり長時間は変身していたくない。私達はキュアリン達と連絡を取り合って私達のアパートに集合する。 「ふぅ……やっぱ疲れるなこれ」 変身を解除した途端ズシりと疲労感が全身に乗っかってくる。波風ちゃんもふらふらで今にも倒れてしまいそうだ。 「大丈夫? とりあえず肩貸すから」 「ん……ありがと」 浮いているのも疲れるだろうし私
「てやっ!!」 空中で氷の道を作り、そこを滑って方向を調整しイクテュスの顔を蹴り抜く。 「大丈夫!? 早く逃げて!!」 腰を抜かした女性を立たせて安全な方へ、外へと逃がす。 [数が多いわ……!!] 一体一体はあまり強くないが如何せん数が多い。今視界に映っているのだけでも十体はいる。 「動くな!!」 地面を殴り三体程足元を凍りつかせて動きを止める。そこを槍で突いていき流れ作業の様に胴体に穴を開けて灰に変えていく。 「ウォーター伏せろ!!」 何かが空気を切り裂く音と共に指示も飛んでくる。私達はサッとその場に屈み斧が頭上を通過し、それはイクテュスへ真っ直ぐ向かっていき首を刎ね飛ばす。 「アナテマ……!!」 「ふぅ。とりあえず向こうに居た奴らも倒しておいたよ」 遊園地の奥の方からノーブルもやってくる。体に付いた灰を叩き落としながら。 「みんな!!」 「今回は間に合ったみたいだな……で、結構数居たけどクラゲ野郎達は居たのか?」 「ううんまだ見てない。もしかしたら……」 [みんな動物園の方に向かってくれ!! そっちでも何体かイクテュスが出ていて生人が交戦してる!!] ふと思い浮かんだ心配はキュアリンからのテレパシーで現実になる。休む暇もありゃしないが、街の人達を守るために全速力で走る。 「うぐぐ……はぁっ!!」 動物園の猿や象などが居る広いエリアで、生人君が五体のイクテュスに囲まれながらも逃げ遅れた人達を庇いながら戦っていた。 巨大蟹のハサミを手で受け止め、ニョロニョロしたイクテュスには蹴りを放ち十メートル近く上へ蹴り飛ばす。 (すごい変身しないであれだけの敵を相手に……って感心してる場合じゃない!! 早く助けに行かないと!!) 私達もすぐに加勢しイクテュス達を薙ぎ倒していく。 「はぁ……はぁ……ありがとうみんな。守りながら五体相手は流石のボクでもキツかったよ」 「ううんそれより時間を稼いでくれてありがとう!」 「いやそれよりも向こうの方に一体イクテュスが逃げたんだ! ボクは逃げ遅れた人達を避難させるから君達はそっちに向かって!」 「うん! 生人君も気をつけてね!」 ここにはもうイクテュスは見当たらない。例え一、二体居たとしても生人君なら倒せるだろう。この場は彼に任せて私達はイクテュスが逃げたという