「じゃあありかとね生人君!」 「うん! みんな気をつけて」 高嶺達と健は行きの時の車に乗り合宿所をあとにする。みんな達成感に満ち溢れた顔をしてくれて、師匠としてこちらも嬉しい。 「生人ー! 今回は本当にありがとうだったのだ!」 「リンカルも洗濯とかありかとね。君も間違いなくあの子達を支えていたよ」 「うん……ちょっとでも償えたならそれで良かったのだ」 「リンカル……」 彼女はまだ翠の件を引きずっている。それが悪いことだとは言わないが、悩み続ける様子を見るのも心が痛む。 「よぉ生人くん。前はよくやってくれたな」 車と入れ違いになる形でローブを纏った男性が現れる。この前山で戦った人型クラゲのイクテュスだ。 「リンカルは合宿所に隠れてて」 「わ、分かったのだ!」 彼女を逃しボクはブローチをスッと取り出す。 「ひゃはははははは!!」 しかし背後の茂みから飛び出してきた地雷ファッションの女の子に邪魔され、ボクはブローチを持ったまま横に跳んで振り下ろされたナイフを躱す。 「よくやったメサ! あとは任せろっ!」 避けた先で、合宿所の影から大柄で筋肉質の女性が飛び出してくる。振り上げられたハンマーは常軌を逸脱した速さであり躱すことはできない。 (あまり手の内は晒したくないけど……) ボクは全身の血管を、体内に居る無数のボクを浮き出させ力を限界を超えて増幅させる。そして鋼鉄で高速のハンマーを受け止めそのまま握り潰す。 「なるほど……これはゼリルも苦戦するわけだ」 「ライ姉の攻撃が……!!」 ライ姉と呼ばれた彼女は戦い慣れており、受け止められるなり危険を察知して跳び下がりカウンターを未然に防ぐ。 (ハンマーも手放した……放り投げようとしたのを読まれたな) 「人間態のままじゃ三人でも無理だ。お前ら、やるぞ」 「えぇ……あれ痛いからやーだー!」 「我儘言わない。それに打った方が気持ち良く戦えるでしょ?」 「はぁい」 三人は緑色の液体が入った注射器を取り出して首元に突き刺す。 「待っ……」 止めようとしたが流石に間に合わない。奴らから熱気が放たれみるみるうちに姿を人間からイクテュスへと変えていく。 「なるほど……そういう原理なのね」 今までのイクテュスと違うこと
「よぉーし! 絶対に今日こそ攻撃を当てるぞー!」 「今日こそって……今日当てなきゃもうお終いでしょ」 「あ、そうだった」 外で準備体操をしながら意気込むが波風ちゃんに突っ込まれてしまう。 「でも実際アタイ達かなり強くなってるし、今日こそはいける気がするな」 健橋先輩の言う通りこの一週間で私達はみるみる成長した。 武器ももう自分の手足のように扱える。これも生人君のスパルタ教育と疲労の治療による人智を超えた訓練のおかげだろう。 「ならやろうか。攻撃を当てられれば合格……きっと変身して武器を扱っても問題ない。さぁやろう!」 私達は準備を終え、各々鉄製の武器を握り締め配置に着く。手には武器を握った跡がびっしり付いており、この一週間の苦労が見て分かる。 「アタシ達にもプライドはあるからね。一週間一度も攻撃を当てられなかっただなんて結果で終わるつもりはないから!」 「もちろんさ。絶対にやってみせる……みんなの手でね」 「みんな……うん! 始めよう!!」 私達四人は生人君を取り囲むようにパッと広がる。この動作も慣れ、自然と互いの動きが分かるようになり連携の練度も上がっている。 まず私が数発彼に水弾を撃ち行動範囲を制限する。これに当たれば合格になってしまう。彼は躱すべく一定の範囲の行動へと縛られる。 まず他のルートを潰すように波風ちゃんが槍を突く。最初の頃では考えられない程素早く鋭い突きだ。それも躱されてしまうが、彼の動ける範囲が更にぐっと狭まる。 「もう一発……!!」 私は他二人の行動も予測した上で先に前もって撃っておく、そして予測通り二人が攻撃を仕掛ける。 まず橙子さんの小振りにし速度に特化させた剣が真っ直ぐ彼の胴体を捉えようとする。槍と水弾を器用に避けつつ下がるが、その振りはフェイントで、動作をキャンセルしつつ突きに切り替える。 「ぐっ……!!」 生人君はかなり無理をして体を逸らして突きを躱す。だが大きくバランスを崩し、気づいた時にはもう健橋先輩の蹴りが彼の頭部を捉えていた。 頭を強く蹴られ地面を数回転し地面に伏す。そこに間髪入れずに斧が振り下ろされる。だが音で位置を特定したのか、地面を手で強く押し出し宙に跳んで斧に空を裂かせる。 「宙に跳んだ!! 今だっ!!」 空中では動きが著しく制限される。私達はそこ
「あのー生人さん居ますか?」 アタシは部屋の扉を叩き弱々しい声をかける。 「入っていいよ」 その一言に背中を押されるようにして部屋に入り、アタシはしっかりと扉を閉める。間違っても外に聞こえないように。 「どうしたのこんな遅くに? もう寝ないと明日の訓練に影響するよ?」 「それはそうなんですけど……えっと実は生人さんに相談があって……」 「相談? ボクで良ければいくらでも聞くけど」 彼はどんな質問でもその豊富な知識と経験から答えてくれるスタンスだ。なのでアタシは部屋の窓を閉めて完全な密室を作る。ここは山奥なので少しくらい窓を閉めてもそう暑くはない。 「まずその……昼は子供っぽいだとか言ってすみませんでした。ちょっと配慮が足りなかったというか……」 「いやいいよ。別に事実だし、これがボクだしね。それよりその感じ……もしかして高嶺とか他の人達には相談しにくいこと?」 「うっ……は、はいそうなります」 相談する内容が内容なので、アタシはいつもの強気な姿勢を崩してしまい慣れない物腰で謙る。 「あの……生人さんって、女の子同士の恋愛とかって、どう思いますか?」 「それってもしかして……波風は高嶺のことが好きってこと? 恋愛的な意味で」 「っ!! そう……ですけど……ハッキリ言わなくてもいいじゃないですか……!!」 生人さんには高嶺への恋愛感情は見透かされていたらしく、名指しで指摘されてしまいアタシは顔を赤く染めずにはいられなくなる。 「それで……生人さんが今まで生きてきた世界には、同性同士が付き合ったりするってことはあったんですか?」 「そりゃもちろんあるよ。なんならボクなんて同性どころか生物の種の垣根を越えての結婚だったからね。一応今のこの気に入ってる体は男性のものだけど、ボクは性別を自由に変えられるからある意味では女の子同士の恋愛だったとも言えるね」 そう言い彼は手を触手にしたり、老いた人間のものにしたり女性のものにしたり変化させる。 「それで波風ちゃんはどうなの?」 「え……どうって?」 「ボクの意見を聞いて何か考えが変わった? もしボクが同性での恋愛なんてありえないって厳しい事言ったら高嶺を諦めるつもりだったの?」 「それは絶対にないです。高嶺はアタシの全て……十年前に救われた時からずっとアタシの心は彼女に在り
「はいカレーだよっと」 健さんが人数分のカレーがあるお盆を運んできてスプーンと共に私達の前に置く。 この合宿中は料理等は健さんが、洗濯とかは同じ女性であるリンカルが担当してくれることになっている。リンカルは今私達がシャワーを浴びた際に脱いだものを洗濯してくれている。 「ありがとうございます健さん」 「いやいや気にしないでこれくらい。それより……俺は生人くんの話を聞きたいな。面白そうなカード使ってたじゃん。ここからでも見えてたよ? あれ何?」 健さんはこちらに微塵も興味など向けず、生人君への質問攻めをまた始める。 「本当に変わらないわねたけ兄。まぁアタシ達は食べましょうか。午後も訓練が待ってるんだし」 「そうだね……まだまだなんだからたくさん食べて元気つけ直さないと」 「アンタはいつもたくさん食べてるでしょ」 「うぐっ……おっしゃる通りで……」 いつも波風ちゃんの1.5〜2倍程の量を食べるので何も反論できない。 私達は楽しくカレーを食べ、少し休んでからまた訓練を始める。 「えっと、今度は生人君に攻撃を当てる訓練じゃないの?」 「そうだね。今の君達じゃどうやっても攻撃は当たらない」 キツい一言だが事実だ。今の私達はお世辞にも武器の扱いが上手いとは言えない。とはいえこう言われてはこちらもやる気が湧いてくる。 みんなどんな訓練内容でもこなす気合いだ。 「だから君達には足腰を鍛えるついでにその武器にも慣れてもらう。今からその武器を持ったままボクについてきて。もちろん速度はある程度まで落とすから」 楽そうに思えたが、この重さの武器を持ち山道を駆ける。いくら怪我しても治せるとはいえ待ち構える壁に少々怖気てしまう。 「じゃあついてきて!!」 こちらの意見など聞かず生人君は山道を駆け出す。私達四人は腹を括り武器を持ち上げ彼の小走りについていく。 「はぁ……はぁ……」 走り始めて十五分程経過した。いつもならまだ全然元気だが、重りがあるだけで体力の消費は体感倍以上には膨れ上がっており予想以上に息が上がる。 「あっ……!!」 私の真後ろでドサリと大きな音が鳴る。どうやら波風ちゃんが木の根に引っ掛かり転んでしまったようだ。顔まで地面と接触しており、きっと土まみれになっているだろう。 「大丈夫!?」 生人君は
「なんだか向こうも楽しそうだね」 わたし達は互いに子供のようにはしゃいで水をかけ合っていた。他の三人は何やら水辺で話しており、高嶺が妙に目を輝かせている。 「そうだな。キュアヒーローになった時はこんなことになるだなんて思ってもなかったよ」 「神奈子……一つ謝りたいことがあるんだ」 水面に映る自分の顔を見つめながら、暗くて重い腰を上げ件の話題を切り出そうとする。 「翠のことか? お前が要因の一つなのは間違いないけど、わざとじゃないしお前も街の人を守りたいが故の結果だろ? もういいよ。終わった事だ」 「いやそのことじゃない。それは……謝って許されることじゃないからね」 わたしは直接的にではないがそれでも確実に一人の命を、人生を奪っている。当時は自分には圧倒的な力があると、人々を守り導く運命なのだと慢心していた。 それが間違いだと、現実はそんな甘くないと知った時には全てが手遅れだった。キュアヒーローを通じて知り合った友人は死に、神奈子にも辛い想いをさせてしまった。 「そうか……じゃあ何だ? 謝りたいことって?」 「君にキュアヒーローを辞めろと言ったことさ。翠の死が何度も夢で出てきて……せめて親友の君にはキュアヒーローとは無関係で穏やかな生活を送ってほしかったから……」 言い訳ではない。これは全て本心だ。わたしは翠の人生を消し去り全てを否定してしまった。政府の判断で彼女は行方不明になっており、家族は今も待っている。二度と帰ってこない娘の帰りを。全てわたしのせいで。 だから彼女が残した遺志だけは尊重したかった。いつも話していた神奈子を守るという願いだけは。 「それならアタイも謝らなきゃいけない。翠が死んだことには少なからずアタイにも責任があるんだからな……」 「君に? いやそんなことは……」 「アタイも何も知らない時はノーブルばっか応援して、フィリアのことは見向きもしなかった。キュアヒーローの仕組みなんて知らずにな」 神奈子は一段と強く水を蹴り大きな水飛沫を上げる。激しく舞い上がったそれは散っていきやがては水面にぶつかり物悲しさを残し消えていく。 「お前を許せなかったのもあった。だけど同時に、翠が好きだって布教してきたノーブルをイクテュスに殺される前に辞めさせたかったんだ。せめてあいつが好きだったものを、好きだった姿のままに
「お〜遠目じゃ分からなかったけど、めちゃくちゃ綺麗だなこの川!」 川に着いてすぐ健橋先輩が靴を脱ぎ川に足を入れる。 「ひゃ〜冷てぇ!!」 ジャージの裾をまくり川に飛び込み、その冷たさに気持ち良さを感じはしゃぐ。 「おいおいそんな深い所まで行くのかい? 転んだら服が全部やられてしまうよ?」 「へぇ〜桐崎の家の者とあろうもんが川に入るのが怖いのか?」 「ふふふ……言ってくれるね……!!」 橙子さんも童心に返りバシャバシャと彼女の方へ走っていく。 「私も〜そーっと……冷たっ!!」 足に伝わる心地良い冷たさに、綺麗な水が通り私の足で流れが別れ柔らかい感触が足首を覆う。 特に水に足をつけたり川を見てもトラウマは刺激されないし、少し深い所に入ったりもするが問題ない。 「大丈夫そうね……おりゃ!」 波風ちゃんが水を蹴り、それが私の服にかかり胸元を透けさせる。 「あ〜やったな〜!」 こっちも水を手で掬い波風ちゃんにかけ、彼女の服にも冷水がかかり水色のブラが透ける。 「あれ? 生人君はこっち来ないのー?」 彼は水辺で足湯のように足を浸けてパシャパシャしているだけだ。元気な男の子の姿とはギャップがある。 「あぁ……その……あんまりボクは混ざらない方がいいかなって。みんなの格好的に」 四人とも水がかかり服のあちこちが透けている。特に私と波風ちゃんは下着まで見えてしまっている。 「別にいいわよこの場だと水着みたいなもんだし、アナタ見た目はただの子供だし、中身もそういうタイプじゃなさそうだしね」 「あはは……まぁみんなから見たらお爺ちゃんだからね」 「え!? そうなの?」 私はズボンの裾を持ちつつ生人君の元まで行き頬っぺたをむにゅりと摘む。もちもちのスベスベでハリもあり、本当に子供のような肌だ。 「地球人男性の年齢に合わせると78歳くらいだからね」 「それってかなり高齢ね……もしかしてじゅみょ……あっ、いや何でもないわ」 「あはは気にしなくていいよ。もう受け入れてるから」 波風ちゃんは咄嗟に言葉の進路を変えるが、耳も若いままの生人君は聞き逃さなかった。しかし気にしている様子はなく、寧ろ昔を思い出すようにしみじみとふけている。 「旅をして色んな人と出会って、友達もいっぱいできたし結婚もしたし……後悔はないかな」